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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)7067号 判決 1990年10月29日

原告

熊野実夫

植田肇

中道信廣

岩崎善四郎

中村自明

田賀明

坪田高

谷口一郎

岡平蔵

大森英彦

竹内真理子

伊集院勉

原告ら訴訟代理人弁護士

阪口春男

辻公雄

東畠敏明

藪野恒明

河田毅

島田和俊

山川元庸

阪口徳雄

國本敏子

佐井孝和

田中泰雄

井上善雄

右訴訟復代理人弁護士

出田健一

竹川秀夫

川谷道郎

被告

右代表者法務大臣

梶山静六

右指定代理人

田中清

外一八名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一主位的請求

被告は、各原告に対し、金五〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年一〇月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二予備的請求

被告は、原告熊野実夫に対し、金八九三円及びこれに対する昭和五六年一〇月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

(前提となる事実)

一当事者

1 原告ら

原告らは、いずれも肩書地に居住し、関西電力株式会社(以下「関西電力」という。)及び大阪瓦斯株式会社(以下「大阪ガス」という。)との間で電気、ガスの供給契約を締結し、その供給を受けているものである(弁論の全趣旨によりこれを認める。)。

2 被告

被告は、通商産業大臣(以下「通産大臣」という。)及び通商産業省(以下「通産省」という。)をその機関として、電気事業法、ガス事業法に基づく電気、ガス料金改定の認可処分等の行政を行っているものである(当事者間に争いがない。)。

二本件認可処分の概要

1 関西電力は、昭和五五年一月二三日、他の電力七社とともに佐々木義武通産大臣に対し、同年四月一日から電灯料金を54.10パーセント、電力料金を62.31パーセント、平均59.82パーセント値上げするとの申請をした。また、大阪ガスは、同年一月二五日、東京ガス及び東邦ガスとともに通産大臣に対し、同年四月一日からガス料金を52.12パーセント値上げするとの申請をした。

2 これに対し、通産大臣は、昭和五五年三月二一日、関西電力に対し、同年四月一日から電灯料金を39.32パーセント、電力料金を45.11パーセント、平均43.36パーセント値上げすることを主な内容とする電気供給規程変更認可処分を、また、大阪ガスに対し、同じく同年四月一日からガス料金を45.12パーセント値上げすることを主な内容とする一般ガス供給規程変更認可処分(以下、これらの認可処分を「本件認可処分」という。)を行った。

3 そして、関西電力及び大阪ガスは、同年四月一日、右値上げを実施した。

以上の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。

(原告らの主張)

原告らは、本件認可処分は、手続的にも、内容的にも違法であり、その結果原告らは損害を被ったとして主張して、国家賠償法一条一項に基づきその賠償を請求している。また、原告熊野実夫は、予備的に、通産大臣には、料金変更申請命令を怠った違法があると主張して、同じく損害の賠償を請求をしている。

その主張の概要は、以下のとおりである。

一本件認可処分の性質等

1 本件認可処分と原告らの利益との関係

今日においては電気及びガスは国民にとって欠くことのできないエネルギー源となっているが、それを供給する事業は、私企業である株式会社において営まれ、被告国はそれらの事業に完全な地域独占を保障している。したがって、原告らは、右独占企業である関西電力や大阪ガスから電気、ガスの供給を受けることなく一日たりとも日常生活を送ることができないのである。

ところで、その電気、ガスの料金は、通産大臣の認可する条件(供給規程)によって定められ、利用者はその条件を受容することを余儀なくされている。そのため、その料金が通産大臣の認可処分により改定された場合には、利用者は直ちに影響を被ることになる。したがって、通産大臣は、認可処分をするに当たっては、最高の厳正さをもって査定する責任があるというべく、もし、その査定が厳正さに欠け、利用者の利益を侵害した場合には、国はその損害を賠償する義務を免れないというべきである。

この点について、被告は、電気事業法及びガス事業法における供給条件の内容に関する利用者の利益は、法が目的とする公益の保護を通じ、その結果として保護される反射的な利益にすぎないので、仮に本件認可処分が法の規定に違反したとしても、そのことが原告らとの関係で国家賠償法上違法となることはない旨主張している。しかしながら、電気事業法及びガス事業法による事業規制の目的は、電気、ガス事業に伴う公共の安全、公害の防止の面を含めた利用者の利益を確保することにあるのであり、電気、ガス事業の適正・合理的な運営や事業者の健全な発達というのも、結局は利用者たる国民の利益を保護するという枠内において考えられるべきものである。このことからも明らかなとおり、原告らの利益は単に反射的利益に止まるものではなく、また、被告が主張する反射的利益論は理論的に採り得ないというべきである。したがって、被告の右主張は、失当である。

2 本件認可処分の性質

電気事業法及びガス事業法に基づく通産大臣の料金改定の認可処分は、その根拠となっている法律において認可の要件が具体的に定められており、しかもかつては省令において定められていた詳細な算定要領に基づきされているのであるから、覊束裁量行為というべきである。

仮に自由裁量行為だとしても、本件認可処分には、供給計画の判断及び燃料費の査定につき事実誤認、手続違背等の裁量権の濫用があり、違法であることは、後記のとおりである。

3 本件訴訟における立証責任の所在

本件訴訟においては、被告は、本件認可処分の是非を明らかにしうる資料を独占しており、また、その正当性について詳しく説明し、証拠を開示しうる地位と能力を有している。これに対し、原告らは、本件値上げにより不可避的に不利益を被る立場にありながら、認可手続への十分な参加と資料入手が許されずに疎外された地位にある。このように、原、被告間に、証拠資料へのアクセスについて著しい格差が存在するのである。加えて、クラスアクションのような立法上の配慮すらない今日の訴訟制度の下では、原告らは被告と比べて資料収集を含む訴訟遂行能力の面で著しく劣るのである。

このようなことに、もともと被告は公共料金の認可に当たっては消費者の利益を擁護すべき責務を負っていることをも考え併せると、被告は、本件認可処分に当たり、消費者保護法、電気事業法及びガス事業法に基づき、その正当な権限を行使したことを自ら積極的に主張し、立証する義務があるというべきである。

二本件認可処分の違法性・その一(処分手続の違法)

1 公聴会制度の意義

電気事業法一〇八条及びガス事業法四八条は、通産大臣が料金改定の認可処分をしようとするときは、公聴会を開き、広く一般の意見を聴かなければならない旨定めている。これは、料金の決定過程に消費者も参加させて、その意見を料金決定に反映させる機会を保障し、消費者の保護を図ることを目的とするものである。

2 通産大臣の公聴会無視

このような法の趣旨からすれば、処分権者である通産大臣自身が自ら公聴会を開き広く一般の意見に耳を傾け、あるいは少なくとも大臣自身が聴いたと同様な効果のある方法が採られなければならない。

しかるに、本件においては、関西電力からの申請につき昭和五五年二月二一日、大阪ガスからの申請につき同年三月三日、通産大臣名で公聴会が開催されているが、いずれの公聴会にも通産大臣は出席しなかった。また、その議事録も、処分日までには作成されておらず、ただ単に議長が意見の要旨をまとめて公聴会調書を作成し、通産大臣に提出したにすぎない。

したがって、本件認可処分においては、通産大臣は一般の意見を聴かないまま処分をしたというべく、この点において違法がある。

3 形骸化した公聴会

前記1の法の趣旨からすれば、公聴会は、消費者において事業者の申請内容の当否について実質的な検討をし、それに十分な反論を加えることができるように運営されるべきである。

しかるに、本件公聴会においては、(一) 時間的な余裕に欠けること、(二)情報公開が不十分であること、(三) 陳述時間が短いこと、(四) 質問、討論がないこと等において全く形骸化していた。

したがって、本件公聴会は、法の要請する実質を備えていない違法なものというべきである。

4 まとめ

このように、本件認可処分に当たり開催された公聴会は法の要請を満たさない違法なものであり、これをもって通産大臣が電気事業法一〇八条、ガス事業法四八条所定の手続を履践したものということはできない。したがって、本件認可処分には、右各法条に反する違法がある。

三本件認可処分の違法性・その二(原価査定の違法)

1 原価査定の重要性

料金の構成要素の主要な部分を原価が占めているので、料金の決定に当たっては、適正な原価を基礎としなければならない(適正原価の原則。電気事業法一九条一項、ガス事業法一七条一項)。そのためには、合理的な将来の予測に基づき、適正に原価が査定されなければならない。

しかるに、右査定の任に当たる通産大臣及びその他の通産当局の公務員は、右注意義務に違反して、以下に述べるような査定の誤りを犯し、原告らに対し後記損害を与えた。

2 為替レートの査定誤りによる燃料費の過大査定

(一) 燃料費・材料費(以下、単に「燃料費」という。)は原価を構成する諸費目中格段に大きな割合を占めているので、本件認可処分に当たりこの燃料費の査定はとりわけ厳正にされる必要があった。そして、燃料の購入代金はドルで決済されている関係からすると、将来の為替レートについて適正な見積りが要請されるところであった。

(二) ところで、通産大臣は、本件認可処分に当たり、向こう一年間の為替レートとして、査定直前の三か月の平均値である一ドル二四二円という数値を採用した。しかし、この数値は、以下に見るとおり、合理的な将来予測とかけ離れたものといわざるを得ない。

(1) 将来の為替レートの予測の方法については、当時でも相当程度精緻な理論・方法が幾つか存在し、また、通産省が採用したレートと異なる予測データが存在していた。したがって、被告は、これらを子細に吟味すべきところ、ただ単にそれらが確実ではないということから、その方法・データを全て排斥し、機械的に査定直前の三か月の平均値を採用した。これは、合理的な将来予測の試みを事実上放棄したに等しく、係る態度は到底容認することができない。

(2) 右査定方式は、事業者が意図的に円安時を狙って申請すれば容易に円高差益を得ることが可能となり、事業者の恣意を許容することにもなる。

(3) また、過去の円相場の変動傾向等に照らすと、右査定方式から得られた予測値をもって向こう一年間の平均値を表していると判断したのは軽率に過ぎ、合理性に欠ける。

(三) 被告としては、当時の以下の事情を考慮して、一ドル二二〇円という為替レートの査定をすべきであった。

(1) 申請事業者自身が一ドル二四〇円で申請していたこと。

(2) 経済企画庁でも一ドル二三七円という査定を主張していたこと。

(3) 査定当時、主要調査機関は、一時的な円安時であるとし、昭和五五年半ば以降円高に転じ、平均レートは一ドル二一〇円ないし二二〇円になると見通していたこと。

(4) 公聴会において公述人から一ドル二二〇円程度で十分であると指摘されていたこと。

(四) このように、通産大臣が本件認可処分に当たりその前提として採用した向こう一年間の為替レートの予測値一ドル二四二円は、合理的な将来の予測に基づく適正なものとは到底いえず、この点において違法な査定といわざるを得ない。

3 総合損失率及び重油換算消費率の査定誤りによる火力燃料費の過大査定(電気料金関係)

(一) 総合損失率とは発電してから最終の消費者に送り届けられるまでの間に電気が目減りする割合のことであり、重油換算消費率とは火力発電所で一キロワット・アワーの電力を発電するのに必要な燃料(重油のほか、原油、LNG等が使われている。)を重油に換算してリットル単位で表す指標である。このようにこれらの指標は能率的な経営と密接に関連する指標である。そして、この点をどのように査定するかが、必要とする火力燃料の量、ひいては火力燃料費の査定に直結することになるので、前記2の為替レートの問題と同様に適正な見積りが要請されるところであった。

(二) ところで、通産大臣は、本件電気料金を査定するに当たり、総合損失率として9.8パーセントという数値を採用した。しかし、この数値は、以下に見るとおり、実績及び合理的な将来の予想に基づく適正なものからかけ離れているといわざるを得ない。

(1) 昭和五五年度の実績値は8.9パーセントであった。被告が採用した数値はこれとのかい離が著しい。

(2) 昭和四五年から昭和五四年までの一〇年間の実績値の推移に照らしても、被告が採用した数値は全く合理性を有しない。

(3) 過去の計画値と実績値を比べてみると、両者には常にかい離があり、しかも常に前者が後者を上回っているが、これは不自然であり、むしろ殊更にそのような計画値が採用されているものと考えざるを得ない。

(三) また、通産大臣は、本件電気料金を査定するに当たり、重油換算消費率として0.2363リットル毎キロワット・アワーという数値を採用したが、この数値も総合損失率について述べたと同様の理由により、実績及び合理的な将来の予測に基づく適正なものからかけ離れているといわざるを得ない。

(四) このように、通産大臣が本件電気料金の認可処分に当たりその前提として採用した昭和五五年度の総合損失率及び重油換算消費率の計画値は、合理的な将来の予測に基づく適正なものとは到底いえず、この点において違法な査定といわざるを得ない。

4 需要想定の誤りによる設備の過大査定(電気料金関係)

(一) 「供給規程料金算定要綱」は「総括原価の査定に当たっては、実績及び合理的な将来の予測に基づく適正な業務計画、需給計画、工事計画、資金計画等を前提として算定するものとする。」と定めている。このように、需給計画及び工事計画(施設計画)は総括原価算定の前提となるものであるから、通産大臣は、それが「実績及び合理的な将来の予測に基づく適正な」ものであるか否かを慎重に審査すべき責務を負っている。

(二) しかしながら、以下に見るとおり発電設備の過剰は明白であって、通産大臣が本件電気料金を査定するに当たり前提とした施設計画は、実績及び合理的な将来の予測に基づく適正なものからかけ離れていたといわざるを得ない。

(1) 九電力の合計でピーク時の発電設備の稼働率の推移を見ると、昭和三五年度には78.9パーセント、昭和四五年度には97.2パーセントであったものが昭和五〇年度には83.0パーセントに低下し、昭和五五年度には実に75.4パーセントに低下している。逆にいえば、昭和五五年度の供給余裕率は24.6パーセントであって、夏のピーク時においてさえ供給能力の四分の一が余っているのであるから、如何に設備過剰となっているかが明らかである。

(2) 九電力の合計で設備利用率を見ても、昭和三五年度には64.2パーセントであったものが、昭和五五年度では46.4パーセント(関西電力の申請では40.1パーセント)まで低下していることからも、設備の過剰は明白である。

(三) また、通産大臣が本件電気料金を査定するに当たり前提とした電力需要の見通しも、以下に見るとおり、実績及び合理的な将来の予測に基づく適正なものからかけ離れているといわざるを得ない。

(1) 過去の電力需要の増加率の変化を検討すると、昭和四五年以降それが顕著に減少している。

(2) これを産業別に見ると、大量の電力消費産業である素材型産業の需要電力量の増加率が昭和四五年頃から顕著に減少していた。そして、この傾向は構造的なものであるから、わが国全体の電力需要が横ばいの傾向を示し、又は減少の方向に向かう可能性を有していたことは、見やすいところであった。

(3) このことは、GNP値そのものが減少傾向を示していたこと、更に産業構造の変化によりGNP弾性値も減少傾向(GNP値の増加率ほどには電力需要の増加率が増えない傾向)を示していたことからも、明らかであった。

(四) このように、通産大臣が本件電気料金の認可処分に当たりその前提として採用した施設計画及び電力需要の見通しは、合理的な将来の予測に基づく適正なものとは到底いえず、この点において違法な査定といわざるを得ない。

5 核燃料の過大査定・過剰購入(電気料金関係)

(一) 電気事業法一九条二項一号は「(電気)料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものであること」を要求し、この「適正な利潤」については、「真実かつ有効な事業資産の価値」に対し報酬率を乗じて算出した額とするいわゆるレート・ベース方式が採られている。このような料金設定の仕組みからすると、通産大臣が本件電気料金の認可処分をするに当たっては、必要不可欠な範囲を超える加工中等核燃料(以下「核燃料」という。)の備蓄分については、それをレート・ベースに加えるべきではないというべきである。

(二) ところで、通産大臣は、本件電気料金を査定するに当たり、関西電力の昭和五五年度の核燃料の必要保有量を六二七〇トンウラン(天然ウランに換算した量)として、それをそのまま「真実かつ有効な事業資産の価値」として事業報酬算出の基礎に含めている。しかし、右保有量から一六八八トンウランを差し引いた四五八二トンウランは、以下に見るとおり、過剰な備蓄というべく、これをその基礎に含めるのは電気料金算定の大原則である原価主義に明らかに反するものというべきである。

(1) 前記4で述べた発電設備の過剰な状況を前提にすると、核燃料の必要量としては、本件査定時までに建設され、運転を開始していた既存の原子力発電所の運転に必要な核燃料をもってその必要量と考えれば十分である(被告の主張によれば、そのために必要となる一年当たりの量は八四四トンウランであるという。)。被告は、このほか、昭和五九年に運転開始が予定されていた高浜三号機及び昭和六〇年に運転開始が予定されていた高浜四号機のために一年当たり二〇一トンウランずつ備蓄していく必要があるとしているが、前記4で述べた発電設備の過剰な状況に鑑みると、これを「真実かつ有効な事業資産の価値」として事業報酬算出の基礎に含めるのは著しく妥当性を欠くというべきである。

(2) また、被告は、核燃料の必要保有量につき六年分程度であるとしているが、ウラン精鉱の山元出荷から燃料装荷までの所要期間に鑑みると二年分で十分である。

(三) このように、通産大臣が本件電気料金を査定するに当たり、六二七〇トンウラン(天然ウランに換算した量)の核燃料を必要保有量として、それをそのまま「真実かつ有効な事業資産の価値」であるとして事業報酬算出の基礎に含めたのは、電気料金算定の大原則である原価主義に明らかに反するものであって、この点において違法な査定というべきである。

四本件認可処分に関する被告の損害賠償責任

前記のとおり、被告は、関西電力や大阪ガスに対し電気事業やガス事業の地域独占を保障しているので、多面において、その消費者に対し高度の保護責任を負うものである。したがって、電気、ガス事業に関する行政事務の任に当たる通産大臣は、料金改定の認可権限を行使するに当たっては、被告の右責務を踏まえ、消費者の利益を最大限に保護すべき高度の注意義務を負うものというべきである。

しかるに、通産大臣がした本件認可処分は、前記のとおり、手続的にも、内容的にも、消費者の利益を侵害する違法なものであって、通産大臣には、右処分をするにつき少なくとも過失があるというべきである。

よって、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、通産大臣の右違法行為により原告らの被った損害を賠償する責任がある。

五原告らの損害

1 関西電力関係で被った損害

(一) 電力一キロワット・アワー当たりの損害額

原告らは、通産大臣が本件電気料金の改定の認可処分をするに当たり前記三の如く原価を過大に査定したことにより、以下のとおり、一キロワット・アワー当たり合計金2.33円の損害を被った。

(1) 為替レートの査定誤りによる燃料費の過大査定に起因する損害(前記三の2の関係)

金0.81円

(2) 総合損失率及び重油換算消費率の査定誤りによる火力燃料費の過大査定に起因する損害(前記三の3の関係)

金0.14円

(3) 需要想定の誤りによる設備の過大査定に起因する損害(前記三の4の関係)

金1.11円

(4) 核燃料の過大査定・過剰購入に起因する損害(前記三の5の関係)

金0.27円

(二) 原告らの損害額

原告らの昭和五五年四月一日(ただし、原告中村自明については昭和五五年五月一日)から昭和五六年三月三一日までの間の電気使用量は、以下に記載のとおりであり(単位はキロワット・アワー)、したがって、右期間における各原告らの損害額は、以下に記載のとおりとなる(単位は円)。

原告   電気使用量 損害額

熊野実夫 二二四九  五二四〇

植田肇 三三七五  七八六三

中道信廣 二一七一  五〇五八

岩崎善四郎 四〇八三七 九五一五〇

中村自明 五一五〇 一一九九九

田賀明 六一八五 一四四一一

坪田高 四五九八 一〇七一三

谷口一郎 五五一八 一二八五六

岡平蔵 二五四一 五九二〇

大森英彦 一一四五六 二六六九二

竹内真理子 一八八七 四三九六

伊集院勉 二一四五 四九九七

2 大阪ガス関係で被った損害

(一) ガス一立方メートル当たりの損害額

原告らは、通産大臣が本件ガス料金の改定の認可処分をするに当たり前記三の2の如く為替レートの査定を誤り燃料費を過大に査定したことにより、一立方メートル当たり金10.67円の損害を被った。

(二) 原告らの損害額

原告ら(ただし、原告岡平蔵及び同大森英彦を除く。)の昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの間のガス使用量は、以下に記載のとおりであり(単位は立方メートル)、したがって、右期間における各原告らの損害額は、以下に記載のとおりとなる(単位は円)。

原告   ガス使用量 損害額

熊野実夫 一〇七九 一一五一二

植田肇 二一六三 二三〇七八

中道信廣 一六一七 一七二五三

岩崎善四郎 一八〇二 一九二二七

中村自明 一一八二 一二六一一

田賀明 一三八 一四七二

坪田高 一一二 一一九五

谷口一郎 五三六 五七一九

竹内真理子 三六一 三八五一

伊集院勉 三一五 三三六一

3 損害賠償の請求額

原告らは、通産大臣の本件認可処分により、1及び2記載の各損害額を合計した損害を被ったが、本件訴訟においては、各自その一部である金五〇〇〇円につき、その損害の賠償を請求する。

六予備的請求原因(原告熊野実夫の請求)

1 電気事業法二三条は、通産大臣に、「料金その他の供給条件が社会的経済的事情の変動により著しく不適当となり、公共の利益の増進に支障があると認めるとき」は、事業者に対し供給条件変更の認可申請をすべき旨を命ずることができ、事業者がその命令に従わないときは、供給条件を変更し得る旨の権限を与えている。これは、同条所定の事態が生じたときは、通産大臣においてこの権限を適切に行使して消費者の権利を保護すべきことを定めた規定であり、個々の消費者に対する関係における通産大臣の作為義務を定めているものである。したがって、通産大臣は、右規定所定の要件の存否について、事実調査のうえ、審査、判断し、その要件が存する場合には変更申請を命ずべき法的な義務を負うというべきである。

2 本件電気料金の値上げ申請の認可処分により、関西電力は、昭和五六年三月三一日の決算期において金九五六億六一〇〇万円の利益を上げた。これは、関西電力の自己資本額(期首と期末の額の平均値)の20.07パーセントに達する利益率(自己資本当期利益率)であり、当時資源エネルギー庁が採用していた自己資本報酬率8.3パーセントを大きく超過するものであった。そして、それ以後今日までのこの点の推移を見ても、多少の紆余曲折はあったものの、全体としてみれば円高が進行、定着し、原油価格が低下したことにより、右利益率は常に8.3パーセントを上回っていた。

したがって、通産大臣としては、昭和五六年三月三一日の時点、又は遅くとも昭和六〇年三月三一日の時点までには供給条件変更の認可申請をすべき旨を命ずべき法的義務を負うに至っていたというべきである。

3 しかるに、昭和六〇年四月一日以降も右命令が発せられず、差益の発生が是正されない違法状態の下で、原告熊野実夫は過大な電気料金の負担を余儀なくされ、昭和六〇年四月一日からの一年間に金八九三円の損害を被った。

4 よって、原告熊野実夫は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき右損害の賠償を求める。

(被告の主張)

原告らの主張に対する被告の主張の概要は、以下のとおりである。

一原告らの主張一(本件認可処分の性質等)について

1 1の主張は争う。

電気事業法及びガス事業法は、国民生活上及び国民経済上不可欠なエネルギーである電気及びガスを適正な価格で安定的に供給することは国家的要請であるとの見地に立ちつつも、右事業を国営事業とすることなく、私企業の効率的経営を活用して右のような基本的目標の達成を図ろうとしている。ただ、電気事業及びガス事業を私企業の自由な競争にゆだねれば、短期的には一般消費者にとってサービスの向上、料金の低下という利益をもたらすかもしれないが、中・長期的には同一の供給区域に対する重複投資やそれに由来する供給原価の上昇、事業経営の悪化を招き、ひいては安定供給を害するに至るおそれがある。そこで、電気事業法及びガス事業法は、このような事業の性格に鑑み、電気事業及びガス事業を許可制とした上、事業に関する各種の規制を行い、右のような弊害が生ずることを防ぎ、もって公共の利益を増進しようとしているのである。電気事業法一九条及びガス事業法一七条が、電気及びガスの料金その他の供給条件について供給規定を定め、通産大臣の認可を受けることを義務付け、さらに、電気事業法二三条及びガス事業法一八条が、電気及びガスの料金その他の供給条件が著しく不適当となり、公共の利益の増進に支障がある場合に、通産大臣は供給規程の変更認可申請及び供給規程の変更を命ずることができることとしているのも、適正な価格で安定的に電気及びガスを供給するという公共の利益の増進を図ろうとするものにほかならない。このようなところからすると、供給条件の内容に関する電気、ガスの利用者の利益というのは、電気事業法及びガス事業法が目的とする公益の保護を通じ、その結果として保護されるもの、すなわち、通産大臣による法の適正な運用によって得られる反射的な利益にすぎないというべきである。

ところで、判例上、国家賠償法一条一項にいう違法とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することであると解されている。そして、行政法規が対立する利益の調整として一方の利益のために他方の利益に制約を課する場合において、それが個々の利益主体間の利害の調整を図るというよりも、むしろ、一方の利益が現在及び将来における不特定多数者の顕在的又は潜在的な利益の全体を包含するものであることに鑑み、これを個別的利益を超えた抽象的・一般的な公益としてとらえ、かかる公益保護の見地からこれと対立する他方の利益に制限を課したものとみられるときには、通常、当該公益に包含される不特定多数者の個々人に帰属する具体的利益は、直接的には当該行政法規の保護する個別的利益としての地位を有せず、いわば右の一般的公益の保護を通じて付随的、反射的に保護される利益たる地位を有するにすぎないとされているものと解される。したがって、このような場合には、公務員が行政処分をするに当たって当該行政法規を遵守することは、一般的公益の確保を図るためであるから、いわば国民全体との関係で職務上の責務となるにとどまるものであって、右の反射的利益を有するにとどまる個別の国民との関係で、それが職務上の法的義務となることは法理論上あり得ないというべきである。そうであるとすれば、公務員が行政処分をするに当たって、右に述べた一般的公益の保護を目的としている行政法規に違反したとしても、それが単に右の反射的利益を侵害するにとどまる以上、当該反射的利益を侵害されたとする個別の国民との関係で、職務上の法的義務違反の問題は生じ得ず、したがって、右行政法規違反が国家賠償法上違法となることは、およそあり得ないといわなければならない。

したがって、供給条件の内容に関する利用者の利益が先に見たとおり単なる反射的利益にとどまるものである以上、仮に原告ら主張のように本件認可処分が電気事業法一九条及びガス事業法一七条に違反したとしても、そのことが原告らとの関係で国家賠償法上違法となることは法理論上あり得ないというべく、原告らの本訴請求は、本件認可処分の違法性の有無について論じるまでもなく、失当である。

2 2の主張は争う。

行政事件訴訟の出訴事項につき概括主義を採用する現行法下において、なお行政庁のある種の処分につき裁量権を認め、裁判所のいわゆる判断代置方式による審査(裁判所が処分の適否を審査するに当たって処分権者と同一の立場に立ち、処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と当該処分とを比較し、当該処分が裁判所の判断結果と異なる場合、当該処分を違法と判断する方法による審査)を否定することの実質的根拠は、行政庁の政策的、専門的、技術的な判断については司法審査においてもこれを尊重すべきであるというところにあるのである。したがって、行政庁のどのような処分が裁量処分であるかの判断基準は、当該処分が右のような性質を有するため行政庁の判断を裁判所の判断に優先させるべき合理性があるか否かの点に求められるべきである。

ところで、電気事業法一九条の通産大臣の認可の対象となる供給規程は、長期にわたる電力の需要及び供給力の見通しを踏まえて作成される極めて専門的、技術的な電気の供給条件の定めであるから、これに対する通産大臣の審査も極めて専門的、技術的な内容のものとならざるを得ない。そこで、その審査の基準も裁量判断の余地を含み得るよう抽象的な内容のものとされているのである。なお、通産大臣が料金算定に関する内部規則である供給規程料金算定要領を定めていることは、電気事業法一九条による通商産業大臣の認可が裁量処分であることを示すものでありこそすれ、決してこれと矛盾するものではない。以上の点は、ガス事業法一七条による通産大臣の認可についても同様である。

このように、通産大臣の審査は極めて専門的、技術的な内容のものとならざるを得ないものであるから、本件認可処分が自由裁量処分に当たることは明らかである。

3 3の主張は争う。

立証責任の分配の法則として通常採られている法律要件分類説(証明されるべき事実自体の性質(証明の難易)を分配の基準とせず、その事実について適用されるべき実体法規の法律要件の規定の仕方に分配の基準を求める考え方)によれば、本件は国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求事件であるから、その権利の現存を主張する原告らにおいて右条項の定める法律要件に該当する事実を立証すべきことになる。原告らが本件認可処分の違法を主張して右条項の適用を求める以上、本件認可処分が違法であることの立証責任は原告らが負担すべきものであることは明らかである。

また、仮に本件における立証責任を取消訴訟のそれに準じて考えるとしても、本件認可処分は、前記のとおり行政事件訴訟法三〇条にいう裁量処分であるところ、裁量処分の取消事由については、同条が取消事由を限定しており、裁量を誤っても不当となるにとどまり違法とならないのが原則であり、裁量権の逸脱と濫用の場合にのみ例外的に違法となるのである(同法三〇条)から、その場合の違法の立証責任は、当該処分が違法であること(すなわち、行政庁が右処分をするに当たってした裁量権の行使がその範囲を逸脱し又は濫用にわたること)を主張する者において負担すべきである。このように、通産大臣の裁量処分である本件認可処分の違法の立証責任については、原告らが負うべきものである。

二原告らの主張二(本件認可処分の違法性・その一(処分手続の違法))について

1 1のうち、電気事業法一〇八条及びガス事業法四八条が、通産大臣が料金の改定につき認可処分をしようとするときは、公聴会を開き、広く一般の意見を聴かなければならない旨定めていることは認めるが、それが料金の決定過程に消費者も参加させて、その意見を料金決定に反映させる機会を保障し、消費者の保護を図ることを目的とするものであるとの主張は争う。

右公聴会は、広く一般の意見を聴き、それを行政処分に反映させ、処分の適正を期すことを目的とするものである。

2 2のうち、本件認可処分に際し、関西電力からの申請につき昭和五五年二月二一日、大阪ガスからの申請につき同年三月三日、通産大臣名で公聴会を開催したが、いずれの公聴会にも通産大臣が出席しなかったことは認めるが、その余は争う。

右各法条にいう「通商産業大臣」とは、国の行政事務を分担管理する通産省の長(国家行政組織法五条)を表しているのであるから、通産大臣自身が実際に公聴会に出席して意見を聴かなければならないものではない。公聴会で述べられた意見は、終了後速やかに取りまとめられて議長から通産大臣に報告されているのであって、通産大臣が公聴会を無視したものでないことは明らかである。

3 3は争う。

4 4は争う。

三請求原因三(本件認可処分の違法性・その二(原価査定の違法))について

1 1のうち、料金が能率的な経営の下における適正な原価を基礎として査定されなければならないことは認めるが、その余は争う。

2 2については、(一)のうち、通産大臣が本件認可処分に当たり向こう一年間の為替レートとして査定直前の三か月の平均値である一ドル二四二円という数値を採用したことは認める(なお、正確には、対顧客レートのうちTTSレートに関するものである。)が、その余は争う。

なお、通産大臣が本件認可処分に当たり為替レートを査定直前の三か月の平均値を用いて右のように予測したのは、以下の理由による。(一) 為替レートを確実に予測する方法は、現在知り得る範囲内では存在しない。(二) このような方法を採用することにより為替レートの査定に関して恣意的な判断を排除することが可能である。(三) 為替レートは連続的に変化していくのが通常であるので、認可日に最も近い時点の為替レートがある程度有効な参考データと考えられる。(四) 他方、たまたま何らかの理由で異常に円高又は円安を示すこともあり得るので、そうした異常値の影響を排除する観点からすると、ある程度の期間のデータを参考とする必要がある。そして、もともと、原価の算定に際して将来の為替レートをどのような方法で予測するかについては法令上特別の定めがないので、予測方法の選択は査定時における通産大臣の裁量にゆだねられていると解されるところ、本件において通産大臣が以上の点を考慮して、査定直前の三か月の平均値である一ドル二四二円という数値を採用したことには十分合理性がある。

3 3については、通産大臣が本件電気料金を査定するに当たり総合損失率として9.8パーセントという数値を採用したこと、そして、昭和五五年度のその実績値が8.9パーセントであったこと、また、通産大臣が本件電気料金を査定するに当たり、重油換算消費率として0.2363リットル毎キロワット・アワーという数値を採用したことは認めるが、その余は争う。

総合損失率及び重油換算消費率は、それ自身所与の数値ではなく、供給計画に定められている個々の発電所の運転計画及び燃料計画に基づき、結果的に算定される数値であるため、個々の運転計画等の合理性を考察することなく右数値のみを取り上げて議論しても意味がない。ところで、通産大臣が本件認可処分に際して料金算定の前提として採用した供給計画は、関西電力が電気事業法二九条一項の規定に基づき通産大臣に届け出た電気の供給計画のうち、昭和五五年度に係る部分である。通産省は、この供給計画について、毎年その策定の途中段階から電力会社から数度にわたりヒアリングを行い、その内容をチェックし、三月には最終的なヒアリングを行っており、関西電力の昭和五五年度供給計画についても、このような手続のもとに通産省のチェックを経て策定作業が行われたものであって、合理性を有するものである。そして、本件認可処分は、その計画に基づき算出された総合損失率及び重油換算消費率を前提としてされたものであって、合理性を有するものである。

4 4については、「供給規程料金算定要綱」が「総括原価の査定に当たっては、実績及び合理的な将来の予測に基づく適正な業務計画、需給計画、工事計画、資金計画等を前提として算定するものとする。」と定めていることは認めるが、その余は争う。

なお、通産大臣が本件認可処分に際して料金算定の前提として採用した関西電力の昭和五五年度の施設計画は、通産省がその策定の途中段階から電力会社からのヒアリングを行い、その内容をチェックしたものであって、妥当なものであった。また、その施設計画が前提とした電力の需要見通しは、日本電力調査委員会が毎年度行っている各電気事業者の供給区域ごとの需要見通しに基づく数値を採用したものであり、その内容において妥当なものであった。

5 5については、電気事業法一九条二項一号が「(電気)料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものであること」を要求し、この「適正な利潤」については、「真実かつ有効な事業資産の価値」に対し報酬率を乗じて算出した額とするいわゆるレート・ベース方式が採られていることは認めるが、その余は争う。

なお、原告らは、本件査定当時未だ運転を開始していなかった高浜三号機、四号機は設備として過剰であり、そのための核燃料(二〇一トンウラン)は需要量に含めるべきでない旨主張するが、そもそも昭和五五年度の施設計画は適正に策定され、妥当なものであったので、その計画において建設が必要とされていた右両発電所のために必要な核燃料は当然需要量に算入すべきである。また、核燃料保有年数が六年程度となっているが、これは、電力の安定供給のための「適切な形態及び量の核燃料の備蓄」であり、これを総括原価に含めることはまさに原価主義に沿うものである。

四原告らの主張四(本件認可処分に関する被告の損害賠償責任)について

争う。

五原告らの主張五(原告らの損害)について

争う。

六原告らの主張六(予備的請求原因(原告熊野実夫の請求))について

1 1のうち、電気事業法二三条が原告主張の如き定めを置いていることは認めるが、その余の主張は争う。

右規定は、「公共の利益の増進に支障があると認めるとき」と定めているところからも明らかなとおり、公共の利益を図るための規定であり、個々の利用者に対する関係においてその変更申請を命ずべきことを法律上の義務として通産大臣に対して課しているものではない。また、その定めからすると、要件に該当するか否かの判断については通産大臣の自由裁量にゆだねられているというべく、また、要件に該当するとの判断に至った場合において、変更申請を命ずべきか否かについても通産大臣の裁量にゆだねられているというべきである。

2 2は争う。

昭和五六年度から昭和五九年度の間のいずれの年度においても、為替レートや原油価格の先行きの見通しは極めて不透明な状況にあり、原告が主張する如く円高及び原油価格の低下が定着したと判断できる状況にはなく、一方では、資本費やその他の経費が上昇傾向にあった。したがって、右の間に通産大臣において関西電力に対し料金変更認可申請を命ずべき具体的状況にはなかった。

3 3は争う。

第三争点に対する判断

一本件認可処分の性質等について

1  被告主張に係る反射的利益論について

原告らの本件請求は、主位的には通産大臣のした本件認可処分がその処分要件を定めた電気事業法一九条二項、ガス事業法一七条二項の規定に違反するとして、予備的には通産大臣が電気事業法二三条所定の料金その他の供給条件を変更する権限を行使しなかったことが違法であるとして、その結果、電気、ガスの個々の利用者である原告らが損害を被ったとして、国家賠償法一条一項に基づき、その損害の賠償を請求するものである。

ところで、国家賠償法一条一項は、国又は地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は地方公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。したがって、本件においては、そもそも通産大臣のした本件認可処分又は供給条件を変更する権限の不行使が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背するものであるか否かが問題となる。この点に関し、被告は、原告らは本件認可処分の取消訴訟における原告適格を欠き、単に反射的に保護される利益を有するにすぎないので、そもそも通産大臣は本件認可処分及び供給条件を変更する権限を行使することにつき原告らとの関係では何らの職務上の法的義務を負担していないものというべく、したがって、本件請求は違法性を欠き失当である旨主張する。

そこで、まず、この点について検討する。

電気事業法は、第一条でその目的について「電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめることによって、電気の使用者の利益を保護し、及び電気事業の健全な発達を図るとともに、」と規定し、電気の使用者の利益の保護を電気事業の健全な発達とともにその目的に掲げている。しかし、本件認可処分の根拠規定である電気事業法一九条では、その料金の認可基準として「料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものであること」等を考慮すべきこととしているにすぎず、それ以上に電気の個々の使用者の具体的利益を考慮すべきことを示す文言は見当たらない。また、同法一〇八条は、供給規程の制定、変更につき認可処分をしようとするときは、「公聴会を開き、広く一般の意見をきかなければならない」旨規定するが、それ以上に利用者をその認可手続において利害関係人として取り扱うことを窺わせる規程は同法中には存在しない。このような法の定めに鑑みると、電気事業法一九条が、電気事業の利用者の個別的な権利利益を保護することを目的として認可権の行使に制約を課しており、したがって、電気の利用者がその処分の取消訴訟につき行政事件訴訟法九条所定の「法律上の利益」を有していると解するには多くの問題が伴うといわざるを得ないが、他面において、後に見る電気及びガスの供給に関する契約の有り様を併せ考えるとき、原告らが本件認可処分の取消訴訟につき原告適格を有するか否かについては、なお議論を要する問題であるというべきである。また、以上説示した点は、ガス事業法一七条の規定についても同様である。

このように、本件認可処分の取消訴訟につき原告らが原告適格を有するか否かについてはにわかに判断し難いところであるが、仮に被告が主張するとおり原告らが原告適格を有せず、したがって、反射的利益を有するにすぎないとしても、以下に述べるとおり、それ故直ちに通産大臣は本件認可権限及び供給条件を変更する権限を行使することにつき原告らとの関係で何らの職務上の法的義務を負担していないものと解することはできないというべきである。

すなわち、電気の供給は、利用者から電気供給規程を承認のうえ、需要契約の申込みを受けて、それを関西電力が承諾する形で需給契約を締結することによりされている(乙第一〇三(関西電力の電気供給規程))。そして、この供給規程については、電気事業法が以下の如き規制を加えている。まず、法一九条一項において事業者は電気の料金その他の供給条件について供給規程を定め、通産大臣の認可を受けるべきものとし、その変更についても同様としている。そして、二一条において事業者はその供給規程以外の供給条件により電気を供給することを禁止され、その違反に対しては刑罰をもって臨むことにしている(一一八条三号。なお、法二〇条は、供給規程について事業者に対し公表義務を課している。)。このような法の規制を前提とすれば、通産大臣により電気供給規程の変更の認可がされたときは、個々の利用者としては、引き続き従前の条件で電気の供給を受けることはできず、変更後の供給規程の内容どおりの条件でしか供給を受けられないことになる。そこで、利用者が変更後の供給規程の内容どおりの条件でしか電気の供給を受けられなくなる根拠について検討すると、そのような効力が認可処分の効果により直接生ずると認めるべき根拠は見出し難いが、前記供給規程の内容を検討すると、もともと利用者との間の需給契約上「供給条件は電気供給規程の定めによる」旨(供給規程Ⅰの1)、そして、「通産大臣の認可を受けて供給規程を変更したときは、供給条件は変更後の電気供給規程の定めによる」旨(供給規程Ⅰの2)定められており、こうしたことに鑑みると、事業者と個々の利用者との間のそのような合意に基づいて、個々の利用者との間の需給契約の内容も認可後の内容に変更されることになるものと解されるところである。そして、個々の利用者がそのような合意を含む需給契約を当初事業者との間で締結した際の供給条件自体も、もともと通産大臣の認可の対象とされていることに鑑みると、利用者は、当初の契約においてそのような合意を締結することを強制され、その合意を通じて、認可後の供給規程の定めを受容すべき立場に置かれたものと解することができる。そうすると、利用者としては、供給規程変更の認可処分によって直接需給契約の内容が変更される関係には立たないが、需給契約上の合意を介して、認可後の供給規程の定めを受容すべき立場に置かれることになるものと解されるところである。

そして、<証拠>(本件のガス供給規程変更認可申請書)中の変更予定の「一般ガス供給規程」に鑑みれば、ガス供給規程の変更申請が認可された場合の利用者に対する影響についても、以上と同様と認められる。

このように、電気及びガスの供給規程の認可処分は、その利用者に対し、事業者との合意を介してではあるが、重大な影響を及ぼす関係にあり、特にそれが料金の引上げを内容とするものである場合には、利用者の財産上の負担増を招来することになるものである。このことに、前記のとおり、電気事業法がその目的の一つとして抽象的な形ではあっても電気の使用者の利益の保護を掲げていることをも併せ考慮すると、仮に被告主張の如く電気事業法一九条及びガス事業法一七条がその利用者の個別的な権利利益を保護しておらず、したがって、その利用者が行政事件訴訟法九条所定の「法律上の利益」を有していないとしても、それをもって直ちに被告主張の如く通産大臣は供給規程の認可権限及び供給条件を変更する権限を行使することにつき原告らとの関係で何らの職務上の法的義務も負担していないものと解することはできないというべきである。やはり、通産大臣としては、その供給規程の認可権限及び供給条件を変更する権限を行使するについては、法の定めに従い適正に職務を執行し、いやしくも違法な処分により利用者に財産上の損害を及ぼすことのないように留意すべき義務を個々の利用者との関係でも負っていると解するを相当とする。

よって、認可基準に適合しない認可処分がされてとしても個別の国民との関係で職務上の法的義務に違反することにはならないとの被告の主張は採用できない。

2  本件認可処分の違法性の判断の在り方について

電気事業法一九条二項及びガス事業法一七条二項は、通産大臣は「前項の認可の申請(供給規程の制定、変更の認可の申請)が次の各号に適合していると認めるときは、同項の認可をしなければならない」と規定し、その一号で「料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものであること」(原価主義の原則、公正報酬の原則)を、二号で「料金が供給の種類により定率又は定額をもつて明確に定められていること」(明確性の原則)を、四号で「特定の者に対して不当な差別的取扱いをするものでないこと」(公平の原則)を掲げている。

そして、通産省は電気料金の設定に当たっての内部的な基準として「供給規程料金算定要領」(<証拠>)を定めている。それによれば、「能率的な経営の下における適正な原価」の判断に当たっては、「総括原価は、電気事業固定資産の減価償却費、営業費、諸税及び事業の報酬を総括した額」であるとし、その算定に当たっては、「実績及び合理的な将来の予想に基づく適正な業務計画、需給計画、工事計画、資金計画等を前提として算定する」ものと定められている。そして、この原価の計算期間は、原則として「将来の三年間」とされている。また、「適正な利潤」の判断についても、各事業者が電気又はガスを供給するために投下した事業資産のうち、事業遂行上真に必要であり、かつ、有効なものと認められるものの価値(「真実かつ有効な事業資産の価値」)に一定の報酬率を乗じて算出するいわゆるレートベース方式を採用することと定められている。

また、ガス料金の設定についても、内部的な基準として「ガス料金算定要領について」(<証拠>)を定めている。それによれば、この場合の総括原価の算定においても、原価の計算期間を設定し(もっとも、その期間は原則として一年とされている。)、その間のガス販売計画等の前提計画に従って、営業費、減価償却費、諸税及び事業報酬を積み上げることによって算定することとされており、また、事業報酬についてはレートベース方式を採用するものとされており、電気料金の場合とほぼ同様の仕組みになっている。

このように、電気事業法一九条二項及びガス事業法一七条二項所定の通産大臣の認可基準は、抽象的に規定されており、その基準に該当するか否かの判断に際しては、将来にわたる電力及びガスの需要と供給力の見通しを踏まえ、専門的、技術的な観点からの審査を要請されるというべく、したがって、この点の審査には通産大臣の裁量的判断に待つべき点が少なくないというべきである。

そうだとすると、本件認可処分が違法か否かを検討するに当たっては、以上の点を踏まえ、認可基準に該当するとした通産大臣の判断につき、通産大臣にゆだねられている裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるか否かの観点から検討すべきことになる。したがって、これに反する原告らの主張は採用できない。

なお、通産大臣が電気事業法二三条所定の供給条件変更の認可申請を命ずべき権限を行使しなかったことを理由とする原告熊野実夫の予備的請求との関係については、後に検討することとする。

3  立証責任に関する原告らの主張について

原告らは、本件訴訟における立証責任の所在につき、被告は、本件認可処分に当たり、消費者保護法、電気事業法及びガス事業法に基づき、その正当な権限を行使したことを自ら積極的に主張し、立証する義務があると主張している。

しかしながら、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求事件においては、その権利を請求する側において、その権利の発生原因事実を主張、立証すべきであり、本件に限ってこの点の立証責任の分配を変更すべき理由は見出し難いというべきである。そうすると、原告らが本件認可処分の違法を主張して右条項の適用を求めるものである以上、本件認可処分が違法であることの立証責任は原告らにおいて負担すべきものと解される。

二処分手続の違法性の有無について

1  公聴会の趣旨について

電気事業法一〇八条は、通産大臣は同法一九条一項の規定により認可処分をしようとするときは「公聴会を開き、広く一般の意見をきかなければならない。」と規定する。その趣旨は、他の行政処分手続に見られる公聴会の場合と同様に、通産大臣がその処分をするについて広く一般の意見を聴き、それを行政処分に反映させることにより、処分の適正を期そうとすることにあるものと解される。また、ガス事業法四八条所定の公聴会についても同様と解される。

この点について、原告らは、電気事業法、ガス事業法は個々の消費者の利益を保護していると理解した上で、公聴会は、その法律で保護された自らの具体的利益を擁護するために消費者が料金決定手続に参加するものとして位置づけるべきである旨主張している。

しかしながら、原告らの主張の前提となっている電気事業法及びガス事業法における料金規制の趣旨につき、原告ら主張のとおり解し得るか否かについては前記のとおりなお検討を要するところである。そして、仮にこの点について原告ら主張のとおりとしても、電気事業法が、一〇八条において前記のとおりの公聴会の規定を置くほか、一〇九条において特定の処分との関係で別途聴聞の手続を設けており、また、ガス事業法が、四八条において前記のとおりの公聴会の規定を置くほか、四九条において特定の処分との関係で別途聴聞の手続を設けていることに鑑みると、右原告らの主張は採用し難いというべきである。すなわち、右聴聞手続では、「当該処分に係る者及び利害関係人に対し」、まさに原告らが主張するような「当該事案について証拠を提示し、意見を述べる機会」を保障しているのであるが、料金変更の認可手続においてはこのような聴聞手続は予定しておらず、公聴会を開き、広く一般の意見を聴くことを予定しているにすぎないのである。このような法の定めからすると、電気事業法一〇八条及びガス事業法四八条所定の公聴会の趣旨は前記のとおり解されるところである。

2  そこで、以上の観点に立って、本件認可処分に当たり開催された公聴会の違法をいう原告らの主張について検討する。

1で説示したとおり電気事業法一〇八条及びガス事業法四八条所定の公聴会が、通産大臣がその処分をするについて広く一般の意見を聴き、それを行政処分に反映させることにより処分の適正を期そうとすることにあることに鑑みると、公聴会の具体的な開催方法等については、通産大臣においてその趣旨を踏まえ決定すべくその裁量にゆだねられているものと解される。そして、電気事業法施行規則九〇条がこの点に関する規程を設けているが、これはそのような法の趣旨を踏まえて適法に定められているものと評し得るところである。

ところで、証拠(<省略>)によれば、本件認可処分に際して開催された公聴会は以下のとおりと認められる。

まず、電気事業法一〇八条所定の公聴会については、以下のとおりである。

昭和五五年一月二八日付け官報で件名、期日、場所、事案の要旨(資料の閲覧の案内を含む。)、意見陳述希望申出の方法、傍聴希望申出の方法等が告示された。また、通産省側からの情報提供に基づき、その頃、関西電力の電気供給規程変更認可申請に係る公聴会の概要が新聞各紙及びNHKのニュースで報道された。これを受けて、二月五日の申出期限までに多数の者から意見陳述希望の申出がされたので、抽選により陳述人を一五〇人に絞り、それらの者に対し二月一七日までに指定通知を完了した。そして、二月二一日及び二二日に公聴会を開催した。当日の議長は、予め通産大臣から議長になることができる者として指名を受けていた三名の職員が交代で議長として主宰して、合計一一九人から、一人七分以内という制限時間の中で意見を陳述してもらった。このような公聴会で述べられた意見は、その後速やかに取りまとめられて議長から通産大臣に対し報告された。なお、本件認可処分に係る関西電力の電気供給規程変更認可申請書は、一月二三日から通産省資源エネルギー庁公益事業部計画課及び業務課、大阪通産局公益事業部公益事業課並びに関西電力の本店及び支店において閲覧に供されており、また、このことは官報等で周知が図られている。

また、ガス事業法四八条所定の公聴会も、以上とほぼ同様の手順により三月三日及び四日に開催され、当日は合計九七人から意見の陳述がされた。

以上認定したところによれば、本件電気及びガス料金の各供給規程の変更の認可に関し開催された公聴会は、法の趣旨を踏まえ適法に開催されたものと認められる。

なお、原告らは、公聴会には通産大臣自身が出席すべきである旨主張する。しかし、電気事業法一〇八条及びガス事業法四八条にいう「通商産業大臣」とは、国の行政事務を分担管理する通産省の長を表しているものと解されるので、通産大臣自身が実際に公聴会に出席して意見を聴かなければならないものではない。そして、本件においては、公聴会で述べられた意見は、その後速やかに取りまとめられて議長から通産大臣に対し報告されたというのであるから、原告の右主張は採用の限りでない。

また、原告らは種々の点を挙げて、本件公聴会は形骸化しており、法の要請を満たさない違法なものである旨主張する。もとより公聴会が原告らが主張するとおり意見陳述のために情報が十分に開示された上で、事前準備のために十分な時間的な余裕を持って開催され、また、当日も意見陳述の機会が十分に与えられれば、それに越したことはない。しかしながら、前記説示のとおり、もともと公聴会の運営をどのようにするかは、基本的には、通産大臣において法の趣旨を踏まえ決定すべくその裁量にゆだねられているものと解されるところであり、他面において認可処分の迅速な処理といった要請をも考慮すべきことをも考慮すると、本件公聴会が法の要請を満たさない違法なものであると認めることはできない。

3  以上の次第であるから、本件認可処分に当たり開催された公聴会が違法であることを前提とする原告らの請求は、理由がない。

三原価査定の違法性の有無について

1  電気事業法一九条二項及びガス事業法一七条二項は、前記説示のとおり、料金に係る供給規程の認可基準の一つとして、「料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものであること」として、原価主義の原則及び公正報酬の原則を掲げている。したがって、料金に係る供給規程の変更申請の審査に当たっては、料金の基礎となる原価について、原価を構成する各費目について「能率的な経営の下における適正な原価」であるか否かを適正に審査することが要請されるところである。

ところで、この点について、通産省は、前記認定のとおり、電気料金の設定に当たっての内部的な基準として「供給規程料金算定要領」(<証拠>)を定め、「能率的な経営の下における適正な原価」の判断に当たっては、「総括原価は、電気事業固定資産の減価償却費、営業費、諸税及び事業の報酬を総括した額」であるとし、その算定に当たっては、「実績及び合理的な将来の予測に基づく適正な業務計画、需給計画、工事計画、資金計画等を前提として算定する」ものと定めている。また、「適正な利潤」の判断についても、各事業者が電気を供給するために投下した事業資産のうち、事業遂行上真に必要であり、かつ、有効なものと認められるものの価値(「真実かつ有効な事業資産の価値」)に一定の報酬率を乗じて算出するいわゆるレートベース方式を採用することを定めているところである。また、ガス料金の設定についても、前記認定のとおり、内部的な基準として「ガス料金算定要領について」(<証拠>)を定め、電気料金の場合とほぼ同様の仕組みを採っているところである。

そこで、以下においては、原告らが本件認可処分の違法事由として主張する点について、以上のような仕組みの下で通産大臣が行った本件認可処分について、通産大臣に、そのゆだねられた裁量権の範囲の逸脱又は濫用が存するか否か、順次検討することとする。

2  為替レートの査定誤りによる燃料費の過大査定の主張について

証拠(<省略>)によれば、以下の事実が認められる。

通産省は、本件認可処分に当たり、為替レートについては、昭和五五年度を通じて対顧客レートのうちTTSレートを一ドル二四二円と予測した。この数値は、査定作業上可能な範囲で最も認可日に近い日から遡って三か月の間のTTSレートの平均値を採ったものである。

そして、通産省がこのような方法を採用したのは、以下の理由による。(一) 為替レートを確実に予測する方法は、現在知り得る範囲内では存在しないこと。(二) このような方法を採用することにより為替レートの査定に関して恣意的な判断を排除することが可能であること。(三) 為替レートは連続的に変化していくのが通常であるので、認可日に最も近い時点の為替レートがある程度有効な参考データと考えられること。(四) 他方、たまたま何らかの理由で異常に円高又は円安を示すこともあり得るので、そうした異常値の影響を排除する観点からすると、ある程度の期間のデータを参考とする必要があること。

ところで、もともと為替相場の背景には各国の経済成長率、国際収支状況、インフレ動向等のいわゆる「ファンダメンタルズ」や内外金利差に対する市場の評価が大きく影響し、特定の時点で将来の円相場を見通すことは極めて困難だと考えられており(<証拠>)、また、為替相場理論上も、為替相場の決定メカニズムを体系的に解明しようと種々の理論が唱えられているが、未だ完全なものはない状況にある(<証拠>)。現に昭和五四年末から昭和五五年初めにかけて主要調査機関から昭和五五年度の為替レートの見通しが発表されたが、その予測値は一ドル二二〇円弱のものから二五〇円強のものまでかなりのばらつきがあった(<証拠>)。

加えて、通産省が右のような機械的な方法によらず査定レートを決定した場合には、それ自体が為替相場に甚大な変動をもたらし、国民経済に深刻な影響を及ぼす事態も懸念されるというのである(このことは、<証拠>によっても窺われるところである。)そのような配慮もあって、毎年末に政府が作成する翌年度政府経済見通しや翌年度政府予算の策定の際にも、直近の実績為替レートの平均値を用いることによって将来の為替レートの予測値としている(<証拠>)。そして、こうした手法は、電気料金及びガス料金の改定についても、昭和五〇年代以降継続的に採用されて来ている。

ちなみに、主要調査機関の多くが、前記為替レートの予測値を発表した昭和五四年一二月当時の為替レートは一ドル当たり240.62円(月平均)であったが、その後も為替レートは円安に向かい、昭和五五年二月には244.05円(月平均)、三月には248.62円(月平均)と下落を続け、四月八日には262.50円まで下落した。通産大臣が本件認可処分をしたのはこのような円安傾向が続いている最中であった。

以上のとおり認められる。

そうだとすると、通産省が前記の(一)の如く為替レートを確実に予測するための確立した方法が存在しないとの認識を前提に本件査定に当たったとしても、それが直ちに合理性に欠けるものとはいえないというべきである。このことに、以上説示した諸般の事情をも併せ考慮すると、通産大臣が本件認可処分に当たり、為替レートについて昭和五五年度を通じて対顧客レートのうちTTSレートを一ドル二四二円と予測したしたことが、そのゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものと認めることはできない。

なお、原告らは、被告が採用した方式は、事業者が意図的に円安時を狙って申請すれば容易に円高差益を得ることが可能となり、事業者の恣意を許容することにもなると批判する。しかし、電力会社やガス会社が料金改定の意思決定をするのは将来の収支悪化が確実に予想される時期であって、一刻も早く料金改定を実現すべき時期にあるというべく、したがって、事業者が恣意的に円安の時期を選んで改定の申請をすることは実際上起こりえないものと解される(<証拠>)。原告らは、このほか被告が採用した方式について幾つかの点を非難するが、以上説示したところのほか、昭和五五年四月上旬以降為替相場が急激に円高に転じた原因について以下のように分析されていることをも併せ考慮すると、たやすく採用できない。すなわち、その原因は、第一に四月七日発表されたアメリカの対イラン国交断絶による政治的、軍事的要因、第二に四月上旬末からのアメリカの金利の急落、第三に日本経済の中長期的な国際的信頼感の高まりにあると分析されているところである(<証拠>によってこれを認める。)。

3  総合損失率及び重油換算消費率の査定誤りによる火力燃料費の過大査定の主張について(電気料金関係)

(一) 通産大臣が本件電気料金を査定するに当たり総合損失率として9.8パーセントという数値を採用したこと、そして、昭和五五年度のその実績値が8.9パーセントであったこと、また、通産大臣が本件電気料金を査定するに当たり、重油換算消費率として0.2363リットル毎キロワット・アワーという数値を採用したことは当事者間に争いがない。

(二) ところで、<証拠>によれば、本件査定に当たり右数値が採用された事情は以下のとおりと認められる。

もともと総合損失率及び重油換算消費率は、それ自身所与の数値ではなく、供給計画に定められている個々の発電所の運転計画及び燃料計画に基づき結果的に算定される数値である。その供給計画として通産大臣が本件認可処分に際して料金算定の前提として採用したのは、関西電力が電気事業法二九条一項の規定に基づき通産大臣に届け出た電気の供給計画のうち、昭和五五年度に係る部分である。

運転計画はその一部をなしており、その計画の策定の結果として総合損失率が算出される。この運転計画の策定においては、まず、需要に応じた供給をするための各発電所の運転の仕方、発電の仕方が定められる。具体的には、発電所の定期検査を法律に定められた時期に行うことを前提として、原子力、火力、水力の電源別に、年間の発電量が割り振られるが、その際、発電コストを考慮して、全体として最も効率的になるように計画が策定される。そして、各発電所の発電設備ごとの運転計画が決定されるのに伴い、燃料種類ごとの必要燃料使用量が算出され(燃料計画)、その結果として重油換算消費率が算出される。なお、これらの運転計画及び燃料計画の策定に当たっては、個々の発電設備の運転を規制する諸条件を踏まえ、また、消費燃料の節約の観点をも踏まえ、コンピュータによる繰り返し計算等により最適な組合せを見つけるべく作業がされている。通産省は、この供給計画について、毎年その策定の途中段階から電力会社から数度にわたりヒアリングを行い、その内容をチェックし、三月には最終的なヒアリングを行っている。

関西電力の昭和五五年度供給計画についても、このような手続のもとに通産省のチェックを経て策定作業が行われ、その計画を踏まえて前記認定の総合損失率及び重油換算消費率が決定され、本件認可処分においてはその数値を前提として査定された。

以上のとおり認められる。

(三) ところで、原告は、本件認可処分において採用された総合損失率及び重油換算消費率の数値は、昭和五五年度の実績値と比べ著しくかい離しており、昭和四五年から昭和五四年までの一〇年間の実績値の推移に照らしても全く合理性を有しないというべく、また、過去の計画値と実績値を比べてみても、両者には常にかい離があり、しかも常に前者が後者を上回るという不自然な形になっており、ことさらにそのような計画値が採用されているものと考えざるを得ないとして、前記料金算定要領に定める合理的な将来の予測に基づく適正なものとは到底いえず、この点において違法な査定である旨主張している。

しかしながら、前記認定のとおり、これらの予測値は各年度の需要想定、各発電所の運転計画等に基づき積み上げの計算によって算定されるものであって、そもそも、その供給計画における個々の運転計画、燃料計画等から離れて、総合損失率及び重油換算消費率の数値のみを取り上げても意味がないというべきである。また、実際にはそれを構成する様々な条件、例えば、需要の予測と実績の差、火力発電所の利用率の問題、その需要地からの距離の問題、原子力発電所の稼働率の問題等の変化によって変動が生じうる性質のものである(<証拠>によってこれを認める。)。こうした事情を考慮すると、原告らが指摘する事情をもってしても、にわかには本件認可処分をする際に前提とした昭和五五年度供給計画中の運転計画及び燃料計画が合理性を欠くものと認めることはできないというべきである。

(四) 以上説示したところによれば、通産大臣が本件認可処分をする際に前提とした昭和五五年度供給計画中の運転計画及び燃料計画は、右に認定したとおり慎重な作業過程を経て策定されたものであって、通産省においてもその策定過程においてその内容を審査しているというのである。そうだとすると、他に右計画が合理性に欠けるものであることを窺わせる格別の資料も存しない本件においては、通産大臣が本件認可処分に当たり、右計画を本件電気料金算定の前提に採用し、その結果得られた総合損失率及び重油換算消費率を採用して査定したことが、そのゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものと認めることはできないというべきである。

4  需要想定の誤りによる設備の過大査定の主張について(電気料金関係)

(一) 通産省の内部基準である「供給規定料金算定要領」上「総括原価の算定に当たっては、実績及び合理的な将来の予測に基づく適正な業務計画、需給計画、工事計画、資金計画等を前提として算定するものとする。」と定められていることは当事者間に争いがない。

(二) 証拠(<省略>)によれば、本件認可処分において前提として採用した工事計画に関し、以下の事実が認められる。

右料金算定要領上の工事計画としては、通常、電気事業法二九条一項の規定に基づいて電気事業者が通商産業大臣に届け出る電気工作物の施設計画が用いられており、電気料金の算定に当たっては、その施設計画における発電所等の設備の工事計画に基づいて算出される減価償却費、事業報酬等が総括原価に算入される仕組みになっている。通産大臣が本件認可処分に際して料金算定の前提として採用した工事計画も、関西電力が右規定に基づき通産大臣に届け出た電気工作物の施設計画のうち、昭和五五年度に係る部分である。

通産省は、この施設計画について、毎年その策定の途中段階から電力会社からのヒアリングを行い、その内容をチェックし、三月には最終的なヒアリングを行っている。そして、関西電力の昭和五五年度施設計画についてもこのような手続のもとに通産省のチェックを経て策定作業が行われ、本件認可処分においては、その計画を前提として査定がされた。

ところで、本件認可処分に際し前提とした昭和五五年度施設計画の内容について見ると、まず、昭和五五年度の最大需要電力見通しについては、一九六三万キロワットと設定していた(<証拠>)。これは日本電力調査委員会が毎年度行っている各電気事業者の供給区域ごとの需要見通しに基づく数値を採用したものである。右需要見通しにおいては、民生用需要を中心とした夏季冷房需要の伸びが引き続き顕著であると予測されたこと、また、産業用需要の伸長も予測されたこと、さらに、昭和五四年度が気象要因の影響で対前年度実績で低い伸びにとどまったことの反動等の事情が考慮されていた(<証拠>)。他方、右施設計画では、昭和五五年度の供給力については、右の需要見通しを勘案し、二一四四万キロワットと設定していた。その結果、昭和五五年度施設計画の供給予備率(供給力から最大需要電力を差し引いて得られる供給予備力を最大需要電力で除し、その値を百分率で表したもの)の計画値は9.2パーセントであった。

以上のとおり認められる。

(三) 右施設計画における電力需要の見通しについて

(1) ところで、原告らは、日本電力調査委員会の性格について、そもそも法令上の根拠もなく、事業者が設立、運営している私的な組織であり、しかも、その委員の多くが電力需要を高く想定することに利益を見出す電気業界のメンバーであることからして、そこでの電力需要の見通しを採用することは合理性に欠ける旨主張している。

しかしながら、証拠(<省略>)によれば、以下の事実が認められる。

日本電力調査委員会は昭和二七年の創立以来の長年にわたる電力需要の想定の実績を有している。その手法としては、ミクロ的には、各地域の需要実態から見通される需要の想定値について、数回の分科会、専門委員会等の会議において十分審議、検討したものを積み上げるとともに、他方、マクロ的には、GNP等の各種経済指標、人口の見通し等との相関によるチェックを行う方法を採用しており(<証拠>)、これまでの実績や議論を踏まえた、確立された手法であると評価される。その検討には、通産省、経済企画庁等の行政当局も参画し、その需要見通しをチェックしているところである。そして、その需要想定値は、電気事業法で通産大臣に届け出でを義務づけられている各種の計画の基礎とされるほか、国の公的な経済計画、政府等のエネルギーに関する各種長期計画の参考として利用されているのである。

(2) 原告らは、(1)のほかに諸々の経済現象等を指摘して、本件認可処分が前提とした電力需要の想定値について非難する。確かに、そのような見方もあり得ようが、前記(1)認定のところによれば、日本電力調査委員会による電力需要の想定においてもそのような点を十分考慮しているものと推認されるところである。

(3) 以上認定した事実、特に、日本電力調査委員会による電力需要の想定値は以上の如き実績を有し、また、その想定の手法、手続が以上の如きであること等に鑑みると、本件認可処分に当たり右委員会の想定値を採用したとしても、それには十分に合理性が認められるというべきである。

(四) 右施設計画が設定した供給力について

証拠(<省略>)によれば、以下の事実が認められる。

もともと電気は、貯蔵することがほとんど不可能であり、生産と消費が同時に行われるものである。そして、その需要は、昼と夜、季節によって著しく異なり、通常は夏季(通常八月)の午後二、三時ころに最大となる。しかも、電気は経済社会活動に必要不可欠なエネルギーであるため、電気事業者は電気事業法一八条一項により需要に対して供給義務を負っているのである。そこで、通産省としては、電気事業者において、電力供給の安定を確保するために、夏季の最大需要電力(最大三日平均電力、すなわち、各月について毎日の最大電力を上位から三日取りこれを平均した値。)に対応できる供給力を確保するとともに、更に、高気温等による偶発的な需要の増加、渇水及び事故等による供給の減少に左右されることのないよう適正な供給予備率をも保有することが相当であるとの方針のもとに、従来から審査に当たって来ている。そして、この供給予備率については、通産省としては、電気事業者が電力の安定供給を確保し、供給義務を全うするためには、需要が最大となる時に八パーセントないし一〇パーセント程度の供給予備率を最低限確保する必要があると判断している。この点は、昭和五二年八月一九日付け、昭和五四年一二月七日付け及び昭和五七年四月二二日付け各電気事業審議会需給部会中間報告にも示されているのであって(<証拠>)、通産省としては、これを適正な供給予備率の判断基準として採用しているわけである。

ちなみに、同年度における供給予備率の実績値は21.7パーセント(<証拠>)であったが、右計画と実績のかい離の主たる要因は、もともと冷房用の電力需要が夏季最大需要電力の三割程度の比率を占めている(<証拠>)ため、冷房需要の低下は直接最大需要電力を低下させる大きな要因となるところ、昭和五五年度の夏が、予測不可能な極端な冷夏となり(<証拠>)、冷房需要が大きく下回り、最大需要電力が前年度を下回るほど落ち込んだためである(<証拠>)。

以上のとおり認められる。

(五) 以上説示したところによれば、関西電力が電気事業法の規定に基づき通産大臣に届け出た電気工作物の施設計画のうち、昭和五五年度に係る部分については、最大需要電力の見通しの点でも、供給力の点でも、以上認定したとおりの事情が存するというのであり、更に、昭和五五年度の供給予備率につき計画値と実績値との間に生じたかい離についても、以上のとおりの事情が存するというのである。そうだとすると、通産大臣が右施設計画を総括原価の算定の基礎に採用し、本件認可処分に当たったことについて、そのゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものと認めることはできないというべきである。

(六) なお、原告らは、「設備稼働率」、「設備利用率」といった観点から、そもそも設備過剰となっており、関西電力の昭和五五年度の施設計画は著しく合理性に欠けると主張している。

ところで、原告らが用いている「設備稼働率」という概念は八月最大三日平均を「供給能力」で除した値であり、その「供給能力」という概念は、「当該年の三月末日の発電設備の認可出力と八月に他社から受電する契約電力の和」であるというのである。しかし、先に認定した電力の特性等に鑑みると、発電設備の認可出力をもって直ちに供給能力の基礎とすることには多大の疑問が存するというべきである。この点について、通産省は、本件設備計画の合理性の有無を判断する際に、供給能力としては、需要の変動に即応して発電することが可能な発電設備の容量でなければならないとして、自社の保有する全発電設備容量(認可出力の和)に他社からの受電電力に相当する発電設備容量を加算し、これから、実際には発電することが不可能な定期検査中の発電設備の容量、水力発電所の出水状況に応じた出力の減少分、環境上の制約による出力の減少分及び発電所における所内消費電力等を控除する方法により求めた数値を採用しているが、このような考え方の方が電力の特性等に鑑み合理性を有するというべきである。

また、原告らが用いている「設備利用率」という概念は、昭和五五年度の発電電力量を同年度の暦時間数で除した値を「設備能力」(昭和五四年度末と昭和五五年度末における発電設備の認可出力の平均値)で除した値を百分率で表したものであるというのであるが、これまた前記電力の特性等に鑑みると、これをもって直ちに設備が過剰か否かの判断資料とすることは相当ではない。

したがって、原告らが指摘する指標をもってしても、直ちには通産大臣による本件認可処分が、その裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものと認めることはできないというべきである。

5  核燃料の過大査定・過剰購入の主張について(電気料金関係)

(一) 電気事業法一九条二項一号が「(電気)料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものであること」を要求し、この「適正な利潤」については、「真実かつ有効な事業資産の価値」に対し報酬率を乗じて算出した額とするいわゆるレート・ベース方式が採られていることは、当事者間に争いがない。

(二) ところで、原告らは、本件査定当時未だ運転を開始していなかった高浜三号機、四号機は設備として過剰であり、そのための核燃料(二〇一トン)は事業報酬算出の基礎に含めるべきでない旨主張する。

しかしながら、通産大臣が本件認可処分に当たり関西電力の昭和五五年度の施設計画を総括原価算定の基礎として採用したことについて、そのゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものと認めることはできないことは、既に4で見たとおりであるから、原告らの右主張はその前提において採用し難い。

(三) 次に、原告らは、核燃料の必要保有量につき、<証拠>に基づき、ウラン精鉱の山元出荷から燃料装荷までの所要期間に鑑みると二年分で十分であるとして、本件認可処分に当たり六年分程度もの核燃料を事業報酬算出の基礎に含めたのは原価主義に明らかに反すると主張する。

しかしながら、証拠(<省略>)によれば、原告らがその主張の前提としている<証拠>に示されているのはウラン精鉱の山元出荷から燃料装荷までの「各プロセスの所要期間」を積算した値であるが、この「各プロセスの所要期間」には、取引実務上発生する納期の調整、配船手配、各プロセスを移動するときの安全確認手続等の期間が見込まれていないこと、ところで、ウラン鉱石の採掘・精錬、転換、濃縮、再転換、成形加工等を取扱う会社は外国及び日本に多数散在しており、これら会社間の取引を経て発電所へ装荷されるまでの期間は、単に各工程ごとの期間を合算した期間よりもかなり長い期間を要するものであること、この点は、原告らが根拠とした<証拠>の数字の出典である資料「原子力発電の経済分析及び核燃料資産の将来予測」(<証拠>)中でも、「電力会社は理想的な場合の引渡時期より相当早くフィード物質(天然六弗(ママ)ウラン)をUSAECのガス拡散プラントへ引渡す必要がある。」と記されており、単に各工程の期間の積算では不足するものであることが明らかにされていることが認められる。

そうだとすると、核燃料の必要保有量はウラン精鉱の山元出荷から燃料装荷までの所要期間に鑑みると二年分で十分であるとの原告らの主張は、その前提において採用できない。

加えて、証拠(<省略>)によれば、以下の事実が認められる。国としては、原子力発電のエネルギーの供給源としての重要性が増大していることを踏まえ、核燃料の供給の不安定等の事態に備えるため、その備蓄を促進している。すなわち、IEA(国際エネルギー機関)が電力用石油使用の抑制方針を示したこと(<証拠>)を受けて、わが国政府は、原子力を石油代替エネルギーの中核として位置づけ、核燃料の安定確保を図る観点から、核燃料の備蓄を推進してきているのである。そして、予期し得ない核燃料の供給途絶にも効果的に対処し得るよう、適切な形態及び量の核燃料の備蓄を推進していくこととしているのである(<証拠>)。

以上説示したところ、特に、核燃料の製造工程、国内外の取引実態及び備蓄の必要性等に鑑みると、通産大臣は、本件認可処分に当たり、関西電力において六年程度の核燃料を保有することについて、国として進めている核燃料の安定確保の観点から必要とされる「適切な形態及び量の核燃料の備蓄」と判断し、それを電力の安定供給に必要な費用として事業報酬算定の基礎に含ましめたが、その判断が、通産大臣にゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものと認めることはできないというべきである。

6  まとめ

以上の次第であるから、本件認可処分の原価の査定の違法をいう原告らの主張はいずれも採用できないというべく、したがって、それを前提とする原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰する。

四原告熊野実夫の予備的請求について

1  原告熊野実夫の予備的請求は、通産大臣が昭和五六年三月三一日の時点、又は遅くとも昭和六〇年三月三一日の時点までに電気事業法二三条所定の供給条件変更の認可申請すべきことを命ずる権限を行使しなかったことが違法であるとして、その結果被った損害の賠償を求めるというものである。

ところで、電気事業法二三条一項は、「通商産業大臣は、電気の料金その他の供給条件が社会的経済的事情の変動により著しく不適当となり、公共の利益の増進に支障があると認めるときは、電気事業者に対し、(中略)料金その他の供給条件(中略)の変更の認可を申請すべきことを命ずることができる。」と規定する。このように、同項は、通産大臣がこの権限を行使するための要件について、電気の料金その他の供給条件が「社会的経済的事情の変動により著しく不適当」となっており、しかも、そのことによって「公共の利益の増進に支障があると認めるとき」というように、極めて抽象的、概括的に規定しており、その要件に該当するか否かの判断は、その性質上、政策的、専門技術的な判断を必要とするものと解される。また、通産大臣がこれらの要件が満たされていると判断した場合には、変更認可申請すべきことを「命ずることができる」と規定しており、「命じなければならない」とは規定していないのである。このような法の規定に鑑みると、要件に該当するか否か、更にその要件に該当すると判断したときに変更認可申請を命ずべきか否か、そのいずれについても通産大臣の裁量にゆだねているものと解される。

そうだとすると、本件においては、通産大臣が右権限を行使しなかったことにつき、右にみたような裁量権の範囲の逸脱又は濫用が認められるときに初めて違法性が問題になるというべきである。

2  そこで、以上の観点に立って、違法性の有無について検討する。

なるほど、関西電力は、昭和五六年三月三一日の決算期において金九五六億六一〇〇万円の利益を上げ、原告がいうところの自己資本当期利益率(利益を自己資本額(期首と期末の額の平均値)で除したもの)も20.07パーセントに達していたことが認められる(<証拠>)。しかしながら、<証拠>によって、その後昭和五九年度までの間の右自己資本当期利益率の推移を見ると、昭和五六年度は10.40パーセントであったが、それ以後は九パーセント台にとどまっており、原告がいうところの自己資本当期利益率という指標自体も、電気事業を除く全産業のそれが八パーセント台であったのと比べて格段に高率であったとまではいい難い状況にあったというべきである。

そして、昭和五四年三月二七日の電気事業審議会料金制度部会中間報告(<証拠>)においては、予測し難い急激かつ大幅な経済変化が生じ、実際の収益又は費用が料金設定時に予測したものから著しくかい離し、その結果大幅な差益が生じた場合について、「対処方法を予め定めておくことは困難であるので、そのような場合には、料金の見直しについて、ケース・バイ・ケースで対処することとならざるを得ない。」とし、対処方針の検討に当たっては、コスト増嵩傾向にある現状において、ある一時期の収支状況のみをみて料金を引き下げることは、将来の料金を不安定化させることになり、好ましくないとの配慮から、「料金の不安定化を招かないよう、将来二年間程度の収支見通しの上に立つとともに、電気事業者の財務の状況等を考慮する必要がある。」としている。

ところで、証拠(以下に、その認定に供した書証を掲記した。)によれば、原告が特に問題にしている為替レート及び原油価格の変動について、原告が問題にしている昭和五六年度から昭和五九年度までの期間について見ると、以下のとおりである。

まず、為替レートの状況は以下のとおりである(<証拠>)。

なるほど、昭和五六年四月の実績レート(TTSレートの月間平均値)は一ドル二一六円であったが、以後円安傾向が続き、八月には一ドル二三四円となった。その後、一二月には一時的に一ドル二二〇円まで円高となったが、昭和五七年三月には一ドル二四二円まで円安となり、その後もこの傾向が続き、一〇月には一ドル二七二円という急激な円安の状況となった。昭和五八年度の実績レートは、八月に一ドル二四五円、昭和五九年三月に一ドル二三七円、年間平均一ドル二三七円と、基本的には査定レートに近い値で推移した。昭和五九年度の実績レートは、四月(一ドル二二六円)以降、昭和六〇年三月(一ドル二六〇円)に至るまで、ほぼ一貫して円安傾向となっており、年間を通じてほぼ査定レートよりも円安の水準で推移していた。ちなみに、昭和五六年度から昭和五九年度までの四か年の実績レートの平均値は、一ドル二四一円であった。

次に、原油価格の状況は以下のとおりである。

本件認可処分に当たり料金査定の基礎とした原油価格(全日本原油輸入CIF価格)は一バレル当たり三二ドル強であった(<証拠>)が、昭和五六年度の年間平均値は一バレル当たり約三七ドル、昭和五七年度の年間平均値は一バレル当たり約三四ドルと、査定レートを上回る水準で推移した(<証拠>)。

ところが、昭和五八年三月ロンドンで開催されたOPECの臨時総会において基準原油価格の一バレル当たり五ドルの値下げが決定された(<証拠>)。これを契機として、通産省は、四月から八月までの間総合エネルギー調査会を開催し、新たな経済社会環境下のエネルギー対策について検討を行ったが、石油価格の動向についての検討の結果は「当面小康状態を続けるにしても、長期的に上昇していくものと見通すことが適当である。」、「中長期的に、国際石油需給は逼迫の傾向にあり、石油価格の動向については、上昇の方向にあると考えることが適当である。」というものであった(<証拠>)。また、わが国の原油の輸入はOPEC、中東諸国に依存する割合が極めて高い(<証拠>)が、昭和五五年九月に戦火が拡大したイラン・イラク戦争は、昭和五八年に入っても終了せず、むしろ情勢は悪化する傾向にあり、九月にはイランがホルムズ海峡の閉鎖を示唆するなど、むしろ情勢は悪化する傾向にあった(<証拠>)。昭和五九年度においても、イラン・イラク戦争の激化は続き、中東情勢の不安は払拭できない状況にあった(<証拠>)。同時に、為替レートが大幅に円安傾向に転じたことから、円建ての全日本原油輸入CIF価格は急激に上昇する傾向を示していた(<証拠>)。

以上認定したところによれば、原告が問題にしている昭和五六年度から昭和五九年度までの期間を通じて、為替レートや原油価格の先行きの見通しは不透明な状況にあったというべきである。このことに、前記認定の昭和五四年三月二七日の電気事業審議会料金制度部会の中間報告の内容をも併せ考慮すると、原告がいうところの自己資本当期利益率という指標をもってしても、通産大臣において電気事業法二三条所定の供給条件変更の認可申請すべきことを命ずる権限を行使しなかったことにつき、その裁量権の範囲の逸脱又は濫用があり、その不作為が違法であると認めることはできないというべきである。

3  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告熊野実夫の予備的請求は理由がない。

五結論

以上の次第であるから、原告らの請求は、いずれも理由がなく、棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川鍋正隆 裁判官金井康雄 裁判官髙木順子)

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